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映像と音楽の調和がとれた実写映画『あさひなぐ』

映画『あさひなぐ』

漫画家・こざき亜衣さんによる、薙刀(なぎなた)を題材にした青春漫画『あさひなぐ』。シリーズ累計発行部数は390万部を突破するほどの人気漫画(2020年9月時点)。「全国書店員が選んだおすすめコミック」という漫画賞では9位にランクイン、小学館漫画賞(一般向け部門)を受賞するなど高い評価を受けています。

今回はそんな人気漫画の実写映画『あさひなぐ』について語っていきます。

本作は、2017年に東宝による実写化企画『「あさひなぐ」プロジェクト』によって、乃木坂46の齋藤飛鳥さん主演の舞台化と西野七瀬さん主演の映画化が行われました。

圧巻の薙刀シーンは目が離せない

薙刀に限らずスポーツ映画では、なによりも試合のシーンがいちばんの見どころ。もちろん本作も同様。

スピード感ある薙刀のシーンは迫力があり、瞬きを忘れてしまうほど。とくに宮路と一堂の試合はよりスピード感が増し迫力ある映像に、息することさえも忘れてしまいます。それぐらいぐっと引き込まれる映像なのです。

薙刀は棒が長く、間合いが遠い。おまけに人気者が出るにもかかわらず面を着けなくてはならない。映像にするにはいろいろと難しい要素が。つまり、あまり映像に向いていないのです。映像化が難しく、薙刀のシーンでは顔の表情もあまり見えないにもかかわらず、見事に映像化しているところが、本作でメガホンをとった英勉(はなぶさつとむ)監督のすごさ。

「トリガール!」や「ヒロイン失格」、「映像研には手を出すな!」など数々の大ヒット作品を手掛けた英勉監督。映像化するのが難しいとされる原作を次々に映像化していきた匠です。

本作ではスローモーションを活かした映像で、視聴者をぐっと惹きつけます。「スローモーションを使いすぎ」という感想を見かけました。確かに多いかもしれません。しかし”乱用しすぎ”というほどではないと思います。

きっと本作では「緩急」を意識しているのでしょう。要所要所でスローモーションやスピードランプといった演出がなされいるのがその証拠です。

スピードランプとは、緩急をつけたスローモーションのこと。これは注目させたい映像の一部にスローモーションをかけたり、突然スピードアップさせるエフェクトで、より魅力的な表現にしてくれます。

スローモーションの場面は強く印象に残りやすく、作り手の技巧も相まって、よりそのシーンが目に焼き付いた結果、使いすぎなように感じてしまうのだと推測しました。

スローモーションは、アクション映画の格闘シーンやスポーツものの作品ではよく見られる演出です。それを使うことで映像にメリハリを加え、ここぞという場面で取り入れることで、観る人をぐっと前のめりにさせます。おまけに動きの中で注目させたい部分や、通常の速度だと見逃してしまうようなシーンを注目させることもできるのです。

スローモーションをかけることで逆にスピード感を演出しているようにも思えます。早すぎるがゆえに、ゆっくり見えてしまうというように。スピード感のあるスポーツだからこそ、緩急をつけることで観る人を惹きつける映像になっているのでしょう。そう考えるとうまく実写化できたと言えるのはでしょうか。

観る人の心をガシッと掴む、圧巻の薙刀シーンは目が離せません。

物語のいい”隠し味”となる個性豊かな俳優陣

物語の脇を固める個性豊かな俳優陣も映画『あさひなぐ』の魅力です。

まずはなんといっても全体通していい味を出している、二ツ坂高校薙刀部の顧問・小林先生を演じる中村倫也さんです。コミカルな演技で、緊迫している状況ですら笑いを生み出します。

中村倫也さんは、「初めて恋をした日に読む話」や「凪のお暇」など次々と話題作に出演し、2020年には「美食探偵 明智五郎」で主演を務めてたり、「この恋あたためますか」ではさらなる人気を博しました。

おそらく多くの人はクールでかっこいい演技をする役者さん、というイメージが強いのではないでしょうか。筆者自身がそうでした。そのイメージのまま本作を観るときっと驚くでしょう。しかしその真逆な役柄のイメージにより、小林先生のコミカルなキャラクターが引き立って見えました。

実は初めてこの作品を観たとき、小林先生が中村倫也さんだと気づきませんでした。見事に小林先生になりきっている、というか小林先生そのものだったからでしょう。中村倫也さんの演技力のすごさを感じずにはいられません。

そして注目すべきは小林先生が初登場し、主人公の旭たちとラーメン屋で出会うシーンです。中村倫也さんと白石麻衣さんが睨み合う姿が印象的ですが、ここで中村倫也さんのアドリブ演技が炸裂するのです。宮路真春を“ミヤジマハール”と呼ぶなど、台本にないセリフを次々に重ねていきます。

その姿に紺野さくら役を演じる松村沙友理さんが、我慢できずに笑ってしまっている姿が本編に写っているという話も(ぜひ本作をご覧いただき確認してみてください)。きっとその場にいるキャスト陣は笑いを堪えるで必死だったでしょう。その場面を観ている視聴者は笑わずにはいられないのですから。

また小林先生の象徴的なアイテム“リップクリーム”もアドリブで自ら仕込んだというから驚きです(英勉監督も絶賛するほどだったらしい)。おそるべし、俳優・中村倫也。

小林先生が登場すると場面が転調し、雰囲気がガラッと変わってしまうほど強烈です。しかしそれは決して邪魔になることがなく、映画に欠かせない存在であり、いいアクセントになっています。なにより空気の読めなさすぎるところが本当に笑えます。

それからもう一人、強烈な厳しさでなぎなた部のメンバー達をしごきあげる「なぎなた教士」の称号を持つ、白滝院の僧侶・寿慶を演じた江口のりこさん。彼女もまた本作でいいスパイスとなっています。坊主姿も様になっており、その世界観とも調和がとれていました。変幻自在に色を変えて物語に溶け込む、「女優・江口のりこ」には驚かされます。

江口のりこさんはキャリア豊富な女優で、映画やドラマへの出演作は多すぎて数えられないほど。映画『事故物件 怖い間取り』では優秀助演女優賞を受賞しています。

厳格ある佇まいは、まさに僧侶そのものでした。高身長で、手足の長いスタイルは画面の中でも強い存在感を放っています。寿慶が登場するとその場の空気がピリッとし、観る人も気が引き締まる思いで観てしまうでしょう。

寿慶が登場するシーンはあまり多くありませんが、少ないシーンでもインパクトを与えてくれる江口のりこさんの存在、そして演技は作品の緩急のために非常に重要です。演技で作品をキュッと引き締めてくれますから。江口のりこさんもまた、確かな演技力と個性を発揮し、作品全体にいい隠し味となっています。

映像と音楽が織りなすハーモニー

この作品のすごさを3回観てやっと思い知らされました。何がそんなにすごいか、それは「音」。映像と音楽が見事に調和されていることに気づいたとき、全身にものすごい衝撃が走りました。

映画やドラマを観るとき、”たいてい”の人はそこまで「音」を深く意識することはないと思います。しかし映画『あさひなぐ』ではぜひ、音にも注目して観ていただきたい。

本作の音楽を担当したのは作曲家・未知瑠さんという方です。彼女は東京藝術大学大学音楽学部を首席で卒業するほどの実力の持ち主で、映画・ドラマ『賭けグルイ』やアニメ『終末のイゼッタ』など人気作品の音楽を担当しています。

背景に流れる音楽はもちろんのこと、ちょっとした効果音さえも的確に選ばれ、映像に馴染んでいるのです。そしてなんといっても、バックグラウンドで流れる音楽が非常に素晴らしい。吸い込まれるような、気持ちがスーっと持っていかれるような、そんな感覚におそわれます。音楽ひとつで、感情が揺さぶられるのだから驚きです。

クラシックを聞いているような気分、と言えばお分かりいただけるでしょうか。きっと音楽だけでも感動を味わえるくらいの感動あるように思えます。未知瑠さんはクラシック音楽をルーツにしているそうため、そんな気持ちにさせてくれたのでしょう。

映像は音楽と組み合わさってはじめて魅力的な作品になります。映像と音は切っても切り離せない存在です。だからどちらか一方にイマイチだとその作品の魅力は半減してしまうはずです。

そして音楽もさることながら、映像も美しい。映画『あさひなぐ』の制作プロダクションは、「ALWAYS三丁目の夕日」や「ちはやふる」、そしてNetflixで話題の「今際の国のアリス」など数々の映像作品を手掛ける日本屈指の制作会社ROBOTです。

ROBOT社は今まで数々の映画賞CM賞を総なめにしており、アニメーション部門では「つみきのいえ」という作品が、アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞するなどまさに日本が誇る制作会社と言ってもいいでしょう。

本作を初めて観たとき、もやっとした淡い光がすごくきれいだな、という印象がありました。光の表現が秀逸だからだと思います。だから映像自体がものすごく美しく見えるのです。冒頭で西野七瀬演じる東島が桜並木に現れるシーンや、白竜院に向かう階段を見上げる場面は美しくて見惚れてしまうほど。

噛めば噛むほど味わい深い

人気映画やアニメの音楽を担当した未知瑠さん、大ヒット映画やアカデミー賞を受賞した経歴のあるROBOT社、そして映像化が難しい原作を見事に映像化する英勉監督。そんな三者が掛け合わさったことで観る人に感動を与える素敵な作品ができあがったのでしょう。もちろん乃木坂のみんなの一生懸命な演技も相まって──。

人気漫画が原作ということで、ストーリーは申し分なく面白いです。笑いあり感動ありで、非常に見応えのある作品です。そして緊張と緩和のバランスが絶妙。

何度観ても飽きません。一度とは言わず、二度三度と繰り返す観ることで、より一層本作の魅力に気づくことができるのではないでしょうか。